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スタジオ『チセ』は、オンライン小説サイトです。
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サイト名
<スタジオ『チセ』>
管理人
<久遠>
ホームページアドレス
http://studiochise.web.fc2.com

見えない、大切なもの

 窓の外、その先に映るのは何処までも蒼く澄んだ空。
 真っ白い雲がポツンと浮かんで、今日も変わらず、雲下には人の群れが通る。
 そんな雲の思うところを、誰も知らない。誰も気付かない。
 ただひとつ、空を自由に飛び回る鳥を除いては。
 そう、鳥のように空を舞えたら、どれだけ清々しくて、どれほど気分が良いだろう。
 見渡す三百六十度の世界を、上も下も、右も左もない空間を自由に謳歌できたなら。
「と言っても、僕には縁遠いんだけどね」
 鳥みたく翼が生えてる訳でもないし、重力を自在に操れる訳でもない。
 僕にできることと言えば、今日も今日とて、山のようにある課題を終わらすこと。
 今年で十四歳。思春期真っ只中の僕にとって、この夏の課題よりも大切なことがある。
 別に好きな子ができたとか、告白されてるということはない。
 じゃあ、何が大切なのかと言えば――。
「ほら、あの名曲にだってあるだろう」
 十五の夜、だったかな。
 盗んだバイクで走り出す、そんなフレーズが印象的なもの。
「僕も、自由に何処かへと冒険をしてみたい」
 そりゃあ、バイクを盗むなんて罪は犯さない。
 ただ、それぐらいの勢いと思いで、兎に角、じっとしていたくない。
「はぁ……」
 溜息を洩らす。
 そこへ、
「公太、公太――!?」
 あぁ、煩いなぁ。耳障りだなぁ。
 そんなに大声で呼ばなくたって、聞こえてるよ。狭い家なんだから。
「……なに?」
「公太、ちょっとお醤油を切らしたから、そこまで買って来て頂戴」
「なっ、そんなの自分で行けば良いだろ? 僕は、宿題で忙しいんだからさぁ」
「宿題って……今まで散々遊んでおいて、今更、やっても間に合いっこないだろうに」
 あぁ、何なんだよ。
「煩いなぁ。間に合うかどうか、僕が決めることだろ!?」
「良いから、お醤油を買っておいで。夕飯ができないだろう?」
 僕は、不満に思いながらも、これ以上の訴えは労力の無駄だと判断した。
「……行けば良いんだろ……」
 古びたアパートを出ると、その瞬間に茹だるほどの熱量を持った陽射しに襲われた。
 暑いというのを通り越して、軽く火傷を起こしてしまいそうだ。
 最寄りのスーパーに行けば、多少は涼めるけれど、そこまでの道のりが遠いんだよなぁ。
 途中、
「あ、公太じゃんか」
「お前……新太か……。こんな暑い中、何してるんだ?」
「俺は、宿題終わったから、最後の休みを満喫してんの。お前は?」
「見ての通り、お遣いだ。ったく、宿題も終わってないのに……」
 その僕の言葉を聞くと、新太は笑い出した。
「まさか、お前……」
「何だよ」
「その年にもなって、親の言うことなんて聞いてるのか!?」
 くそ。これだから、嫌だったんだ。
 お遣いを頼まれれば笑われて。他の奴等なら、とっくに自立してるってのに。
「ま、まあ、お前らしいじゃんか」
「僕らしいって、どういう意味だ?」
「そのまんまの意味だよ。親離れできないっていう、そういうな」
「――ッ」
 どいつも、こいつも気に入らないな。
 僕だって、好きでお遣いをしてる訳じゃないんだ。
「睨むなら、その親にでも睨めよなー」
「……っくそ、もういい。忙しいんだ。新太に付き合う時間が勿体ない」
「あ、そういう言い方するんだ。へーへー」
 鬱陶しいなぁ。さっきから何なんだ。
「折角、良い情報を教えてやろうと思ったのに」
「良い情報?」
「はは、は……、精々、隣町まで頑張れや」
 隣町って、何を言ってるんだろうか。
 スーパーなら、歩いても十分ぐらいで着く距離だ。
 僕は、その言葉を記憶の片隅に置きつつ、スーパーの前に立った。
 立ったのは良かったが。
「ま、マジかよ……」  そこには、棚卸の為、臨時休業、と書いてある紙が貼ってあった。
「だから、新太の奴……あんなことを」
 僕は仕方なく、隣町にあるスーパーへと行くことにした。
 こんなことになるのなら、自転車にでも乗って行けば良かったかも知れない。
 炎天下。強い陽射し。滴り落ちる汗と、口から出る「疲れた」の言葉。
「はぁ……なんで、こんな目に……」
 その時、隣町へと着いたのを見計らうかのように。
『――此処ではない、何処かへ』
 と、意味深な歌詞の歌が聴こえてきた。
 此処ではない、何処かへ。僕たちは、旅立つのだろう。
 いつか見た景色を見る為に、いつか描いた夢の為に。そう、答えは目の前に――。
「ふふふーん」
 自然と聴き入ると同時に、同じフレーズを口ずさんでもいた。
 此処ではなない、何処か、別の場所へと旅立てたなら。
 僕も少しは大人へと変われるのだろうか。色々な沢山のしがらみを捨てて。
「このまま――」
 少しの間。
「このまま、バックレても……」
 そうだよ。親が嫌いなら、いっそのこと家を出れば良いんだ。
 そうすれば、お遣いを頼まれることも、クラスメイトからバカにされることもない。
「盗んだバイクで走り出す、か……」
 いやいや、盗みは駄目だ。ご法度だ。
 でも、誰にも迷惑をかけなければ、或いは、何をしても。
 僕は、何か答えが見つかったような気がした。
 空を見つめる。
 暑さにも負けず、空を飛ぶ鳥の姿が見えた。
 自由に、何の枷もなく、しがらみですら持たず。
「はは……はは、は」
 不思議と笑みが零れていた。同時に、歩く速さが増していく。
 その日、僕は家を出た。醤油を買う為の僅かなお金を持って、何処までも走った。
 気付けば、隣町を抜けて、更にその先の街へと足を踏み入れていた。
 夜。あれだけ厳しかった暑さも、心なしか和ぎ涼しくなった。
 僕は喉を潤す為、コンビニで飲み物と、空腹を満たす為のパンを買うと、近くの公園にあるベンチに腰を下ろした。
「今頃、家じゃ大騒ぎだろうな」
 けど、これで良いんだ。良いんだと思う。
 執拗にお遣いを頼まれて、それこそイエスマンみたく逆らえない人生を送るよりは、自分の意思で考えて決断して、望むように生きた方が健全だ。
 大体、僕は物言わぬ人形じゃない。生きた人間だ。
 そうさ。これからは、学校の宿題も、頼まれごとも、全部をやらない。
「僕は……自由だ……」
 そこへ、ひとつのライトが見えた。
「君、こんな時間に何をしているんだ?」
 上下、紺色のような服装。
「げ……お巡りさんかよ……」
「見たところ中学生のようだが……此処で何をしているんだね!?」
 職務質問とは、このことを言うのだろうか。
「名前は? 家の電話番号は? 親御さんは知っているのか?」
「……公太、です。両親は……いません」
「いない、ということはないだろ。……まぁ良い。署まで一緒に来てくれるね?」
 街の交番には、他にもお巡りさんが一人いた。
「子供がこんな時間に出歩いてはいけない。家の電話番号を教えてくれるね?」
「僕は……子供じゃない、です……」
「子供じゃないなら尚更、連絡先を教えられるね?」
「…………別に……」
 お巡りさんは、「はぁ」と溜息を吐くと、
「いい加減にしなさいッ」
 と、強く怒鳴った。
「君は今、補導されているんだ。大人なら、理解できるだろ!?」
 お巡りさんは、尚も言った。
「事件に巻き込まれて、仮に殺されるようなことになれば、親御さんが悲しむんだぞ!?」
「そんなこと、お巡りさんには関係ないじゃないですか……。それに、僕の人生なんだから、僕の自由にしたって良いだろ……」
「君は……親御さんに申し訳ないと思わないのか!?」
 親御さん、親御さん。指図ばかりする親なら、いない方がマシだ。
 その時、机の上にある電話が鳴った。
「っと、失礼」
 応答。
「はい……はい、分かった」
 通話が終わって数分後のことだ。
 交番の前に一台のタクシーが止まった。
「公太!?」
 その声は、母さんのものだった。
「あんた、何を迷惑かけてるんだい!? どれだけ心配したか……」
「……るさい」
「何だって?」
「煩いんだよッ。散々、人を使っといて、心配しただと!? ふざけるな!」
「こ、公太!?」
 僕は、今までの溜まっていたものが、一気に溢れるのを感じた。
 感情が弾ける、というのは、こういうことを言うのだろう。
 瞬間、鈍い音がパアァンッと響いた。
「痛っ」
「ふざけてるのは、あんただろう!?」
「な、何だ――と」
 反論をしようとした、その時の母さんは、何故か泣いていた。
「公太、あんたが帰ってこなかった時、どれだけあたしが心配したか……」
 よくよく見てみれば、母さんはエプロン姿のままだった。
 料理をそっちのけで、ずっと探し回っていたのだ。着替えるのも忘れるほどに。
「お腹を痛めて産んだ子供を嫌う親が何処にいるさね。あんたの身に何かあったら、あたしは、お母さんは、泣くに泣けないよ……」
 言って、母さんは僕を抱きしめた。
「無事で良かったよぉ。本当に、無事で良かったよぉ」
 僕は、それを突き飛ばすことができなかった。
 恥ずかしいとか、照れるとか、そういった感情を抱くこともなく。
「さあ、帰ろうねぇ」
「……う、ん……。母さん、ごめん……なさい」
 僕は母さんと一緒に、タクシーに乗り込んだ。
 古びたアパートの自宅に着くと、父さんが仁王立ちで玄関前で立っていた。
 ああ、こりゃ怒られるな。
「公太……」
 低く、威厳のある声。
「随分と遅かったな。まぁ、それは良しとして、だ」
 父さんの利き手が僕に迫って来る。
 すると、
「さあ、ご飯にしようや」
 そのあまりの優しい声に、僕は戸惑いを隠せなかった。
「お、怒らない……の?」
 父さんは、少し考えたのち。
「何だ……お前、怒られたいのか?」
「い、いや……そういうんじゃない、けど……」
「なら、早くご飯にしようじゃないか」
「……そ、そうだね……うん」
 その日の夕飯は、いつもと同じで質素なものだ。
 それなのに、他のどんな夕飯よりも豪華に見えた。そう感じた。
 考えてもみれば、毎日のように飽きもせずご飯を作ってくれている。朝になれば、学校へと送り出してくれるし、帰ってくれば「ただいま」と迎えてくれる。病気になれば看病もしてくれる。
 それに比べて、僕は我儘ばかりを口にした。
 お遣いが嫌だとか、指図するなとか、一体、何様のつもりだったのか。

 翌朝。夏休みも終わって、今日から二学期。
 相変わらず、朝っぱら母さんの大きな声。
「公太、忘れ物はないかい? ハンカチとティッシュは持った!?」
 今日も今日とて、口煩く言ってくる。
 でも、言われているうちは幸せなんだろうな、と僕は思った。
 嫌いなら、ここまで優しくはしないし、心配もしない。
「大丈夫だよ。全部、持ったから。忘れ物もない」
「そうかい。じゃあ、気を付けて行ってくるんだよ。あぁ、帰りにお醤油を買って来て――」
 言いかけたところで、
「分かってる。醤油だね。買ってくるよ」
 僕は笑顔で答えて見せた。
 そうして中学までの道のり、空を見上げる。
 真っ白の雲がポツンと浮かんで、小鳥たちが空を舞う。
 その自由は僕の手にない。ないけれど、自分次第で幾らでも手に入る、そんな気がする。
 たった半日だけの家出だったけど、僕は分かったような、気付けたような。
 普段じゃ決して見えない、大切なものに。
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