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お時間の空いた時などにお読み頂けるオンライン小説を扱っている、個人創作サイトです。

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ようこそ、おいで下さいました。
スタジオ『チセ』は、オンライン小説サイトです。
短編から長編のお話で、お時間の空いた時にお読み頂けます。
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尚、個人創作サイトですので、更新は遅めです。予め、ご了承下さい。

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<スタジオ『チセ』>
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<久遠>
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死神のしにがみ

 死神は、人の魂を奪っていく存在なのだそうだ。ならば、その死神の魂は、誰に奪われるのだろう。それとも、死神も一応は神様だから、誰にも奪われることがないのだろうか。
 考えてもみれば、死神の存在って凄く曖昧ではないだろうか。あるお話しでは、死神は優しい姿で描かれているし、また別のお話しでは、怖くて恐ろしい姿で描かれてもいる。大きな身の丈以上はある鎌を手に持って、今を生きている人間の魂を狩る。
「死神……仮装なんかじゃ、格好良いなと思ったり」
 でも、伝承なんかである死神は、髑髏だったり骸骨だったり、兎にも角にも恐ろしい。あんなのが現実に存在したら、きっと腰を抜かすこと間違いなしだ。それこそ、恥も承知の上で生にしがみ付くだろう。誰だって、好きで死ぬ人はいない。
「それなのに……今、俺の置かれている状況は何なんだ?」
 六畳一間の古びたアパート、その部屋は、いつもの住み慣れた部屋のはずだった。布団を敷けば、足の踏み場もない狭い空間に、自分以外に「誰か」の気配を感じる。
「すーすー……すーすー……」
「全く、そ知らぬ顔で人様の布団を占領しやがって」
 目の前に真っ黒いローブを羽織った女の子――いや、女の子というよりは、自分とそんなに離れていない年齢の女性に見える。まぁ、それでも未成年の自分だから、やっぱりこの子は女の子なのだろう。
「ったく……何でこんな面倒なことになったんだよ……」
 不満にも似た言葉。
「いい加減に…………起きろ!」
「んが!?」
「仮にも女の子が、豚みたいな声出してんじゃない。さっさと起きて、俺の布団を返せ。さもなくば、実力行使に出るぞ?」
 女の子は、眠い目を擦りながら、
「あー……エッチなことする気でしょ?」
「はぁ」と溜め息。
「だぁれが、お前みたいな得体の知れん奴を相手にするか。良いか? 此処は俺の部屋で、それは俺の布団だ。お前の所為で、俺はこの一週間、真冬日だというのに冷たい台所で寝てるんだぞ?」
 そうだよ。思い返せば、一週間前のことだ。
 交通事故で自動車に轢かれそうになった日、言い換えれば、大惨事にもなり兼ねなかった日に、俺は死んでいたはずだった。信号無視をしてきたダンプカーに撥ねられて、十八歳という子供でも大人でもない中途半端な年齢で、その人生を終わらせるはずだったんだ。
 けれど、蓋を開けてみれば死ぬなんてこともなく、それこそ無傷で外傷もなかった。聴いた話しによれば、ダンプカーは突然に方向転換をしたようで、運転手も含めて誰一人も犠牲者が出なかったそうだ。
「大体、お前は何者なんだ?」
 俺の質問に、女の子は呆れた様子で答えた。
「りゅーくん、ひょっとして物忘れが酷いとか?」
 因みに、りゅーくんとは、俺の愛称らしい。
 藤間龍――その名前の頭文字を取ってそう呼ばれている。
「私は死神のミサ。会員番号は三十三。三と三だから、ミサなの」
「それは知っている。俺が訊きたいのは、何でその死神が俺のところにいるんだってことだ。死神は、人様の魂を奪う存在だろ? それとも、俺の魂でも奪いに来たのか?」
「あははは、違う違う。私は死神でも、超が付くほどの優しい死神だから、りゅーくんの魂を奪うことはしないよ?」
 上目遣いで俺の顔を見つめている。
「だったら、出て行け。俺もお前に用はないし、お前も俺に用がないんだ。それに、お前もその……仕事に戻らないと拙いだろ?」
「……い、今は休暇中、よ」
「あのなぁ、お前は休みでも、俺は学業という大事な仕事があるんだよ。来年には卒業を控えてるし、単位も取らないといけないんだ」
「もしかして、りゅーくんって、成績悪いの?」
 あーもう、ああ言えばこう言う的なことを、何で平気でするんだよ。
 俺は、不満に思いながらも、冷静に努めた。
「バイトとか色々あって、単位が疎かになっただけだ。成績自体は、こう見えてもトップだし、テストだって赤点を取ったこともない。――って、話しをはぐらかすな。俺も忙しい身なんだから、お前の相手をしてる暇がないんだよ」
「ぐぅ……」
「こ、こいつ……言ってる傍から寝ようとする奴があるかッ」
 相手が女の子でなければ、一発ぐらい殴っているところだ。
「兎に角、俺は今から高校だ。帰ってくるまでに出て行ってくれ」
 仮にも死神に付き纏われるなんて、良い気分じゃない。
「りゅーくん……」
「な、何だよ」
「時間、大丈夫かなぁ、と思って」
 慌てて時計を見る。午前九時になるところ。ホームルームも終わる頃だ。
 俺は、急いで高校へと向かった。
 幸いにも、二限目の授業には間に合ったが、遅刻扱いになってしまった。
「あれ、藤間。今日は随分と殿様出勤なんだな」
 クラスメイトのミツルの声。
「あぁ、色々とあってな」
「何々、その色々ってのは、何だ?」
「いや、……付き纏われて困ってるというか、何というか」
「まさか、ストーカー的な?」
「……まぁ、な」
「そうかそうか、藤間も遂に色恋沙汰で悩む年頃かっ」
 色恋沙汰、ねぇ。そんな大層なもんじゃないけどな。
 死神にストーカーされるってのは、毎日が気が気じゃない。
「で、その子って可愛い訳?」
「可愛いかどうかと問われれば、そりゃあ、可愛い部類に入るかもな」
「じゃあ、俺にも紹介してくれよ。可愛い子には目がないぜ、俺ってさ」
「見境がないのな、お前って……」
 その時、
『――あーあー、藤間龍君。至急、職員室まで来るように。その……なんだ。お前の彼女さんが忘れ物を届けに来てるぞ』
「噂をすれば、何とやらか……」
「俺も付いてくぞ」
 俺は、急ぎ早に職員室へ向かった。そこには、見間違えるはずもない、死神のミサがいる。
「うわ……めっちゃ美少女じゃんかよー」
「そ、そうかぁ?」
 言われてみれば、確かに美少女の部類に入るだろう。性格はどうであれ、ね。
「あ、りゅーくんっ」
 言って、抱きついてくる。
「離れろって、皆が見てるだろ……誤解されるから」
「良いじゃん。誤解されても」
「それより、忘れ物ってなんだ? 見に覚えがないんだが?」
「えっとね、これお弁当。作ったから、食べてね」
 一瞬、無言になる。
「毒物入りか?」
「なっ……りゅーくんに、毒を盛るなんてこと、する訳ないじゃん」
「じゃあ、なんだ。何か裏にあるんじゃ――」
「ぐす……」
 ミサは、薄っすらとだが、涙を浮かべた。
「私……りゅーくんの為に頑張ったのに、そんな言い方って……」
 すると、後ろにいたミツルがミサを庇い出した。
「そうだぞー、藤間。こんな可愛い子を泣かすなんて、そんな酷いことをお前はする訳ないよなぁ?」
「お前は、部外者なんだから黙ってろよ……」
「いいや、可愛い女の子は全員が嫁――じゃない、俺が守ると誓ってるんだ。泣かす奴は、例え友と言えど、敵と見なすぜ?」
「はぁ。分かった、分かった。有り難く、弁当は貰っとくよ。だから、ミサは早く家に帰れ」
 俺の言葉に、ミサはさっきまでの涙目が嘘のように、笑顔になった。
「じゃあ、またね。りゅーくん、真っ直ぐに帰って来てね?」
 そのミサの後を姿を見送る。
 教室へ戻ると、俺のこととミサのことで話題ができつつあった。
 昼休み。俺は、ミサから貰った弁当箱を開けた。
「何だ……これは……」
 それは愛妻弁当とも言えるもので、可愛らしい作りだった。本当に疑っていた訳じゃないが、毒は盛られていない。
「然し、……何でここまで俺にするんだよ……」
 手作り弁当にしても、俺にここまでする理由が見つからない。仮にもミサは死神で、俺は人間なんだ。魂を奪う側と奪われる側という関係のはずだ。
 放課後、俺は真っ直ぐに自宅には帰らなかった。というよりも、バイトがある為、帰る訳にはいかなかった。結果、今日も帰宅時間は夜の九時。
「ただいま……」
 ――と、扉を開けようとした瞬間、
「もう少しだけ……待って下さい」
 と何かに懇願するミサの声が聴こえてきた。
 耳を澄ますと、それは確かな願いごとのように聴こえた。
「あと、少しで良いの。お願い、します……っ」
 その必死な願いからは、死神としての威厳も、冷徹さも感じない。まるで、か弱い人間の、たった一人の少女が神様に願う、そんな一面を覗き見ているような感覚さえある。
「…………」
 死神は、人間の魂を奪う為にいる。その死神は、人間である自分の傍にいる。一週間も前に現れた死神の少女・ミサは、元々が不器用なのかどんくさいのか、その時も死神らしくない振る舞いをしていた。
 長く綺麗な黒髪に、真っ黒いローブのような服を着ていた。大きな威圧感さえ覚えさせる鎌も持たず、あの日の、あの事故現場で、静かに降る雨の中を佇んでもいた。最初、自分と同じ事故に遭いかけた奴かと思ったが、どうも違うようだった。
 考えてもみれば、事故に遭いかけて、車に轢かれかけて、そんな偶然を重ねた奴が何人もいる訳ないんだよな。ただ、だからって何で俺なんだよ。何で俺の家に押しかけてくるんだよ。それも、「自分は死神」なんて言われれば身構えるのも当然だし、普通なら気味悪がるか、警察に突き出しても変じゃない。
 でも、ミサのことを「変人」と無視することも、「危ない人」と突き放すこともできなかったのも、また事実だ。
「はあ〜……ぁ」
 そんな俺の溜め息が聴こえたのか、ミサが後ろへ振り返る。
「あ……りゅーくん。おかえりなさいっ」
「ああ、ただいま……って、何でまだいるんだ?」
「だって、りゅーくん、先に家へ帰れって言ったじゃん」
 そういえば、そんなことを言った憶えがあるような、ないような。
「はぁ……」
「さっきから溜め息ばかりだけど、大丈夫?」
「別に……ちょっと疲れただけだ。寒い中を晩くまでバイトしてればな」
「そっか、毎日が学校だし、お仕事もしてるからだよね」
「そういうこと。分かったなら、お前も元の家に帰え――」
 俺の言葉を遮るように、
「待ってて。私、今から温まるご飯を作るから」
 ミサは、台所に立った。
「お前、さっきの言葉を聞いてなかったのか? 俺は疲れてるんだ」
「うん。聞いてるよ。お腹一杯に食べて心から温まれば、疲れも取れるよっ」
 何なんだよ。本当に、迷惑ということを理解できないのか?
「それにね、この一週間、りゅーくんってあまりご飯食べてないし……だから、夜ぐらいはしっかりと栄養のある物を摂らないと、ね」
 マイペースのミサに、流石の俺も感情が露になるようだ。
「いい加減に――」
 少しの間。
「いい加減にしろよッ。どれだけ俺が迷惑してるか、理解できないのか!?」
 感情が弾ける、というのは、今のを言うのだろう。
「俺の日常を乱すな! いきなり死神ですなんて、訳の分からないことを言ったり、俺の……俺の平凡な毎日を返せ! お前の所為で全て滅茶苦茶だ!」
 そんな俺の訴えに、ミサは静かになった。
「そう、だよね……」
 搾り出した声は、ひどく弱っているかのように。
「私がいちゃ迷惑、だよね。うん、本当は分かってた。一方的過ぎたよね。何か……私、バカみたい。ごめん、ね。ごめんなさい」
「あ、ああ、いや……今のは言い過ぎた……悪い」
「……バイバイ」
 ミサは、俺の横を抜けていく。
「お、おい!? 何処に行く気だ!?」
「さあ……何処だろうね」
「お前、行く当てがあるのか?」
「…………」
 俺の問いかけに、ミサは答えなかった。ただ、笑顔を向けていた。
「きっと――これも、罰なんだと思うの」
「ば、罰……?」
「死神としても駄目で、好きな人にも振り向いてもらえない。私は死神でも、死神じゃない。だから、罰が当たったんだ……」
 ミサの言っていることが理解できなかった俺は、
「何か、悪いことでもしたのか?」
 と訊ねていた。
「……うん。あ、でも、安心して。もう、此処には来ないし、りゅーくんの前にも現れないから。だって、死神が人間に寄り添ってるのって変じゃん?」
 言って、最後にもう一度だけ、笑顔を向けた。
「さよなら……私の初恋のりゅーくん。なんてね」
 その笑顔は、微笑んでいるはずなのに、綺麗な瞳からは涙が落ちていた。
 そうしてミサは、その夜を境に俺の前から姿を消した。二度と会うこともなかった。一週間、俺の日常を乱した死神の少女は、最後に笑顔と涙を見せて、いなくなった。
♪ ♪ ♪

 ――ラン。

 一人の少女が歌っている。

 ――ラン。

 少女の歌声は、都会の喧騒に溶け込むように消えていく。
 町並みは、雪化粧によって彩られ、その真っ白い世界に浮かぶ少女の影。
「はぁ……寒いなぁ」
 少女は、両手に吐息をかけ温めるが、止むことのない雪がより冷たくさせる。最早、温もりを感じることがなく、少女の両手だけでなく、その存在そのものが消えていこうとしていた。
「まただ、……また、手が透けてる……」
 少女は、死神だったが、ある罪を犯してしまった為に死神としての力を奪われ、この人間の世界へと堕とされた。着の身着のまま、まさしく何も持たず、あの事故現場へと堕ちた。
 では、少女の犯した罪とは何なのか。
 少女は、死神として「やってはいけないこと」をした。
 死神は本来、人間の魂を狩る為に、奪う為に存在している。然し、一度でも人間の魂を奪うこと、それを辞めれば、死神としての寿命は大幅に削られてしまう。
 死神の少女は、人間を殺すのではなく、助けてしまった。死ぬ運命にあった人間を生かしてしまったのだ。その人間は、自動車に轢かれて、人生を終わらせるはずだった。十八年という短い生涯を迎える、それなのに、少女は運命を書き換えた。
 少女は、その人間に「恋」をしていた。恋をしていたから、助けるのも必然だった。少女は、人間を助けた代わりに自身の寿命を削り、罰を受けた。

 消滅するという罰を――。
♪ ♪ ♪

 年が明けた。死神という非現実的な存在は、あれから見ることも、触れることもなかった。六畳の部屋は、いつも通りの狭苦しい部屋へと戻り、寒い中を台所で寝ることもなくなった。
 今年の三月には卒業式を控えているし、受験生なのもあって、大学入試が待ってもいる。けれど、何故だろう。あの一週間を想い出すと、無性に心がざわめき立つ。切ない、というよりも、物悲しい。
 一月。冬休みも終わり、高校生活で最後の学期が始まった。
「おい、藤間。何か、元気なくね?」
 ミツルの声。
「元気がないというか、覇気すらもないぞ?」
「そうかぁ? 俺は、いつも通りなんだけどなぁ」
「そういや、あの美少女はどうしたんだよ? 最近、話題にすらなってないが……」
 美少女ってミサのことか。
「ミサは……あいつは、もう帰ったよ」
「成程、お前の元気のなさは、その子が原因か」
「何故、そうなるんだ?」
「何故って、その子がいなくなってから、お前って様子が変じゃん。大方、愛想でもつかれたんじゃねーのか?」
 はあ、どいつもこいつも。
「ああ、そういうことにしておいてくれ」
「何だ、図星かよ」
 ミツルは、軽く笑った。
「さて、と……俺は今からバイトだから、じゃーな」
 ミツルとの談笑を早々に切り上げ、俺はバイト先へ向かった。
 確かに、ミサがいなくなってから平穏な日常は戻ったように思える。けれど、一抹の寂しさというか、それがずっと付き纏っているのも本当だ。実際、ミサがいなくなって今日で二週間、仕事にも勉強にも身が入らない。
 別に、恋しい人がいなくなった、という理由からじゃない。ミサとは、事故のあった日に出会った、ただそれだけの関係だし、ミサのことを一から十まで知っているということもない。まして、恋人同士だった訳でもないのだから。
「悩むなんて、俺らしくないな」
 折角、元通りになったんだ。いつも通りで良いじゃないか。
 学校が終わって、夜晩くまでバイトに勤しんで、自宅の古びたアパートに帰れば自由な時間を謳歌する。好きなご飯も好きな時に好きなだけ食べれるし、布団も独り占めされることもない。お節介を焼かれることも、ない。
 それなのに――。
「……何で、こんなに寂しいんだろ……」
 一週間だけの奇妙な同居生活で、情でも移ったのだろうか。
 空を見上げる。冬の夜空は空気が澄んでいるからか、とても綺麗に映るが、星が見えるということはない。これが田舎にでもなれば、綺麗な星空が見えるのだろうが、それも都会ではまずない。
 その日、午後十時になる少し前、バイト先から帰宅途中のことだ。
 ふと、聴こえた歌声がひとつ。

 ――ラン。

 最初、気のせいかと思っていたが、凛とした歌声が何度も聴こえるので、気のせいではないようだ。
「……誰か、歌ってるのか?」
 歌声のする方へと歩を進めていくと、大きな交差点に差し掛かった。
 その信号機の真下、前日までに降っていた雪が残る場所に、深くフードを被った少女が小さく歌を口ずさんでいた。どうやら、この子の歌声らしい。
 信号が青になるのを見計らい、交差点を渡ると――
「……え?」
 隣を抜けた時のフードから見えた横顔に憶えがあった。
「お前……なのか?」
 俺の声に気づかないのか、少女は俯いたまま歩いていく。
「ミサ、なんだろ!?」
 二度目の声に、少女は気づいたように振り向く。
「りゅー……くん?」
「やっぱり、お前なんだな」
 安堵というよりも、捜し求めていた人に漸く出会えた時の喜び。
「何で――なんであの時、出て行ったりしたんだよ……」
「…………」
「意味深なことを言い残して、あんなんじゃ、気になって仕方ないだろ?」
「………………」
「だ、黙ってないで、何とか言えよ!」
 ミサの眼差しは虚ろだった。それでいて意識が定まってないようにも見えた。
 まるで、魂の抜け殻とも言える、言い換えれば、人形のようだ。
「……わ、たし……」
 振り絞って出てきた言葉は、「ごめんなさい」という謝罪の言葉だった。
「やっぱり……運命、は……変えられ、ない……みたい」
「何を、言ってるんだ?」
「……逃げ、て……」
「逃げる……?」
 ミサは、ひと呼吸、ひと呼吸を整えながら、要点だけを伝えていく。
 逃げて欲しいこと。死神ではない自分には、もう守る力がないこと。意識も定まらず、存在を維持するのも限界なこと。何より、生きて生きて、生き抜いて欲しいということ。
「だか、ら……りゅー、くんには、生きて――っ」
 信号が青から赤に変わった時、それはあの日と同じ状況だった。
 雪道にスリップした自動車が甲高いブレーキ音を出しつつ、近付いて来る。
「――えっ」
 一瞬だった。身体に強い衝撃を受け、瞬間的に軽くなる。
 死んだ――と思った。
 然し、意識が定まってくると、状況が少しずつだが飲み込めてくる。
「こ、これって……」
 薄汚れたガードレールに先ほどの自動車が衝突し大部分が大破、そのすぐ隣にはミサが倒れている。
「ミ……サ?」
 この時点で、俺はおぼろげながら理解した。
 死神のミサは、人間である俺の命を守る為に、本来の守るべき「掟」を破ったのだと。どうして自分なんかの命を守ろうとしたのか、どうして掟を破ったのか、その答えは、きっと――。
「ミサ、しっかりしろ……すぐに救急車を呼ぶから……っ」
 ミサを抱きかかえた時、その身体はひどく冷たかった。
「りゅー、くん……ごめんね、ごめんなさい……」
「な、何で謝るんだよ。何で、俺にここまで……ここまでするんだよ」
 ミサの呼吸は弱々しく、言葉を発するだけでも奇跡に等しかった。
「私……りゅーくんに、恋をし、たの……。変、だよね、死神の癖に……人間のこと、好きになった……」
「俺のことを……?」
「でも……りゅー、くんの命は、あの時に失くなるはず、だった……」
「じゃあ……やっぱりお前、俺を助ける為に……?」
「ケホッ……ケホケホッ……」
 呼吸が激しくなる。
「けど……運命、は……変えられない、の……。わ、たしにできたのは……時間を延ばす、ことだけ……。だけ、ど……守った。わたし、守れた、よね……?」
「ああ……俺は、無事だよ」
「良かったぁ……」
 ミサは、精一杯の優しさを持って微笑んだ。
 時間にして五分もあったか分からない。その刹那的とも言える僅かな時間は、恐ろしく長く感じられた。その間にも、ミサの体温は冷たくなる。
「――りゅーくん」
「な、何だ?」
「……ごめんね……」
 次の瞬間、その言葉が最後となったのだろう、ミサの身体が透けていく。
 いや――透けていくなんて優しいものじゃない。これは、消えようとしているんだ。その証拠に手足だけでなく、着ている服も消えていっている。
「あぁ……わた、し……」
「も、もう喋るな。分かってるから、だから……もう……」
 ミサは、遠退いていく意識を辛うじて留めている。
「……りゅー、くん……?」
「何だ?」
 その、終となる言葉。
「――バイバイ」
「え……っ」
 一瞬だった。ミサの身体が、その存在が――消えた。
 粉雪が積もっては融けるように、ミサもまた儚く消え去った。
 廻りが事故を嗅ぎ付けてきた野次馬とも取れる人で雑多とする中、その場所だけ時間が切り取られているような、空間が別次元にあるような、何とも表現のし難い感覚に俺の意識はある。
 事故に遭い死ぬ運命にあった自分を助ける為にミサは掟を破った。好きになってしまったから、指を銜えて死んでしまうのを見る訳にはいかなかった。仮に自分が同じ立場にあったなら、どうしたのだろう、同じような行動を、選択をしたのだろうか。自らの命と引き換えに、誰かを助けるということを。
「何で――」
 意識とは別に涙が零れる。
「何でだよ。俺を助けたって、何にもなんないだろ……」
 その時、不意に『声』が聴こえた。
「――無償の愛なんじゃないかな」
 その声は、少年のものだった。
 十代前半と思われる――然し、大人びた言動をする男の子。首元には、銀色の懐中時計が光っている。
「ミサは、きっと幸せだったに違いないよ」
「お前は……ミサのことを知ってるのか?」
 少年は言った。
「僕は、ミサの嘗ての同僚。名前は……敢えて伏せておくよ」
「同僚って……じゃあ、お前も死神なのか?」
「うん、そうだよ」
「その死神が、またなんで此処にいるんだ?」
 俺の問いに死神は、困った表情をした。
「二つ――嬉しい報告と残念な報告の二つあるけど、どっちから聞きたい?」
「……残念な方から……」
 死神の少年は、「分かった」と言って、
「君の魂を奪いに来た。あの日に奪えなかったからね」と答えた。
「なら、嬉しい報告というのは?」
「君は、晴れて自由だよ。まさか、ミサが此処まで僕たち死神の邪魔をするなんて、思ってもみなかったからね」
 どうやら、自分はまだ生きられるらしい。
「君も知っていると思うけど、死神は人間の魂を奪う為にいるんだ。奪うことで職務を全うして、死神としての寿命を延ばしているんだよ。けど、ミサはそれを放棄した。僕たちは一度でも職務を拒絶すれば、その瞬間に消滅するというのにね」
 言いながら、
「でも、神様はミサに猶予を与えてた。もう一度だけ、君の命を奪うチャンスを与えるという猶予をね。それなのに、ミサは君を生かした」
 淡々と言葉を並べていく。
「つまり――それが意味するのは、ミサは死んで、君は生きることができたということ。君の命は、ミサがいなければとっくに消えていたのだから、ね」
「け、けど……好きだったからって、何で俺なんかのことを――」
「うん、そう。それが僕たち死神にも分からないんだ。君のような人間を生かすことに価値があったのか、あの日、あの時に楽に死なせておくべきだったんじゃないのか、いくら考えても分からない」
 少年は、頭を抱えながら、次の言葉を口にした。
「死神は、死を司る神でも、全能の神様じゃない。だって、僕たちにできることは命を奪うことだけだから。命を生み出す神様と違って、死神には命を生み出す力がない。でも――そんな僕たちでも、何百・何千と死を見てきたことで分かったこともあるんだよ」
「分かった……こと?」
「人間なんて、長生きする人はするけど、僕が知る限り良くて八十歳か九十歳まで。だけど、死んでいく人間は、最後に想いを遺したり、託したりする。生きてる間には命を生んだり、育んだりもする。まるで、神様みたいに」
 神様――確かに人間は神様のような力を持っている。
 生まれて死する時までに、沢山の命を生み、育て、次の世代へと繋げていく。
「だけど、ミサは仮にも死神だ。いくら君のことを好きでいても、寿命を投げ捨ててまで助けるなんてどうかしてる」
「そんな言い方って、仲間だったんだろ!?」
「それを言うなら、君だってミサの気持ちを踏みにじったでしょ?」
「だ、だからって……」
 俺の言葉を聞くよりも早く、
「あ……そろそろ時間みたいだ」と、少年は言いながら、銀色の懐中時計を見つめた。
「悪いね。そろそろ『時』が動き出すよ」
「ま、待ってくれ。俺は、どうすれば……どうすれば良いんだ!?」
 ミサを失って、その結果として生かされて。
「そんなの、僕の知ったことじゃない。僕には君の命を奪う権利がないし、奪う理由もない。まぁ――何れお迎えには来ると思うけどね」
「じ、じゃあ、最後にひとつだけ……ひとつだけ教えてくれないか?」
「なにを?」
「ミサは……どうして、俺のことが好きだったんだ?」
「さあ……僕には分からない。僕は人を好きになったことがないし、きっとこれからも有り得ないから。ただ、それでも言えるのは……ミサは、人間くさい死神だったということ。もし、それ以上の答えが知りたいなら、そうだなぁ。神様に直接聴くと良いよ。案外、身近にいると思うしさ。例えば、ほら、君の後ろに――」
 咄嗟に「えっ?」と振り向く。然し、そこには誰もいない。
「誰もいないじゃ――な、……あれ?」
 それまで、ひどく緩やかだった時間の流れが元通りになったかのように、流れ始めた。
 周囲には野次馬、救急車、パトカー、赤いサイレンによる音色。
 あまりに突然過ぎる時間の流れに、理解が追いつかない。
「君、怪我はないかね!?」
 とか、
「重軽傷者を二名、緊急搬送します」
 などと急かす言葉の前に、俺は為す術がなかった。
 その日、俺にとっての二回目となる事故も、必然なのか偶然なのか、死者は出なかった。ただ一人の死神だった少女のミサを除いては、誰一人も――。
 それからのことは、正直、あまり憶えていない。
 搬送先の病院で簡単な検査を受けたり、高校では二回も事故に遭ったことで、ちょっとした有名人になったり、話題が尽きなかった。
 ただ、ひとつだけ不可思議なことが、腑に落ちないことがある。自分以外にミサのことを知る人がいなかったということ。ミツルにしても、先生にしても、他のクラスメイトにしても、ミサのことを憶えている人がいない。まるで、最初からミサがいなかったかのように、その名前が出ることもなかった。
「ミサは……やっぱり、死神だったんだ……」
 どうして、誰も憶えていないのか、俺には分からない。
 それでも唯一、分かることがあるとするなら、死神も人間と同じで、寿命が尽きれば消えてなくなるということだろうか。存在していたことも、確かにいたということも、その痕跡やそれまでの軌跡もなくなる。
 ミサは死神だった。死神だったからこそ、一部の限られた人にしか憶えられず、目で見て確認することも、触れて温もりを感じることもない。
「……ミサ……」
 そして、忙しい時が流れる中、話題にも下火が見え始めると、俺の生活も、環境も変わっていった。
 無事に卒業式を迎えて、本来なら死んで歩めなかった未来を、ミサの犠牲によって生きて、少しずつ自身の記憶も風化していく頃――大学への進学も決まり、一週間ほどのミサとの想い出が残る六畳の小さな住まいをあとにした。
 止め処なく流れる時間に、加速度的に風化していく記憶。
「俺は……まだ、あの日を彷徨ってるのかも知れない……」
 たった一週間ほどの関係に情が湧いたということはない。冷たい言い方かも知れないが、情というよりは、自分なんかを好きになってしまったばかりに消えてしまうことへの憐れみが大きい。
 いや、寧ろ――それ以上に後悔もある。
 消えることを最初から知っていれば、或いはもっと想い出を作ってやることができたのではないか。美味しい物を食べたり、楽しい場所に出かけたり。
 確かにミサとは事前に面識などない。ないけれど、あんなにも自分を好きでいてくれた人を突き放すことはできない。今となっては手遅れ、後悔は先に立つこともない。
 町中を歩く。事故に遭った現場を見て廻る。
 何も変わらず、何も語らないその場所は、ミサと初めて出会った場所でもあって、ミサと別れた場所でもあった。今、此処にミサはいない。
 そう思った時――不意に流れるモノを感じた。
「はは、は……なに泣いてるんだろうな……」
 空を見上げる。天国があるなら、きっと空の上だろうか。
 ずっと、ずっと高い手の届かない遥か上空から見下ろしているのだろうか。
 死神は、人間の寿命を奪う。魂を狩る。天国まで連れて行く。
 死神。死の神。死を司る存在。
 タロットカードや映画なんかでは、恐ろしい姿や、怖い格好で描かれるけれど、俺の知ってる死神は、化け物染みていないし、ひどく優しくもある。
 ミサは死んだ。死神として存在していた彼女は、最後は人間として逝った。それが神様による優しさだったのか、それを知る由はない。
♪ ♪ ♪

 昔――と言っても、何年か前のこと。
 少年がまだ十歳の子供で、物事の善悪が今以って分からない頃。
「あれ……お前、捨て猫か?」
「にゃあ」
 子供の目の前には、衰弱している仔猫が一匹。
 梅雨時期に出会った仔猫は、数日、何も食べていないのか弱っていた。
「給食の余りのパンしかないけど……食べる?」
 仔猫は、何日ぶりかの食事に一心不乱だった。
 それからだ。仔猫を自宅から最寄りの神社で面倒を看るようになったのは。
 毎日、給食で出るパンを残したり、自宅からご飯を持ってきたり。
 仔猫は幸せだったが、元々がひどく衰弱していた為に、子供と出会って僅か一週間足らずで死んでしまう。
 仔猫は捨て猫で人間の持つ冷たさを知っていた。でも、最後には人間の温もりを理解した。他の人間は知らない。目の前の子供は優しくて温かい。それだけ分かれば十分だった。
 だから、仔猫は願った。面倒を看てくれた子供の為に、何かできないか。
 それは、小さくも大きな奇跡のひとつだった。
 子供のことを遠くから見守れること。仔猫は、死神になった。
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