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<スタジオ『チセ』>
管理人
<久遠>
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スノウ・ホワイト

 少女は一人で待っている。大切な人が訪れる、その時を。
 ひどく永い時間の中で、それは、命を失くしてからも変わらない。

       ♪ ♪ ♪

 郊外にある小さな町、中心には時計台が有名な大きな公園がある。
 その時計台は十数年も前に県から寄贈されたモノで、当時から現在に至るまで町の象徴的な存在となっていた。時に恋人同士の待ち合わせ場所に、時に子供たちが使う目印に、時計台は多くの人たちを見つめ、時を刻み続けてきた。
 それは今日も変わることがない。変わらないからこそ、時計台は黙したまま、自身の下に立ち尽くす少女がいても、いつも通りの表情を見せているのだろう。
 少女は、ずっと、誰かを恋い焦がれるようにして時折見せる、はにかんだ表情を感じさせながら、雨の日も風の日も、雪の積もる日も待っている。
 少女は待つ。想いの先に在る人を、瞼を閉じればいつでも思い出せるような人のことを。それなのに、少女のことを案じる人は誰一人もいなかった。朝早くから夜晩くまで、その場から動くこともなく、じっと待つ少女を不思議がる者ですらいない。
 少女自身、言葉を発しても誰にも分からず、涙を流しても誰も声を掛けない。張り裂けそうな胸の痛みを伝えても、抉られるような心の悲鳴でさえも、一人として気に留める人はいなかった。

 何故か――少女は、死んでしまっていたから。

 にも拘らず、少女の魂は成仏することなく、今も現世と呼ばれているこの世界に留まっている。生きている人たちの世界に死した少女は、まるで「まだ生きている」と云うかのように、それは一重に自分が死んだという事実に気づいていないから。
 この世界には死を司る死神も、命を創り出す神様もいない。だからこそ、少女はただただ待っているのだ。必ず来てくれると信じている、大切な「彼」の到着を。
 少女にとっては、生前も死後も、今、自分が置かれている状況も大した問題ではなかった。大切なことは彼を待つこと。いつも約束していた場所で、時計台の下で、彼が来るのを信じて待つ。
 少女は死んでしまった瞬間のことを憶えていない。どころか、生前の「約束」以外に記憶が欠落していた。しかし、唯一と言って憶えているのは、自分が最後に見た光景だけである。
 当時、高校までの通学路で電車を待っていた時のことだ。通勤と通学ラッシュの時間帯、いつものように少女は電車を待っていた。二本から三本ほどの通過電車をやり過ごし、いよいよ五分ほど後に止まる電車に乗る為に携帯電話で時間を確認すると、突如として背中を強く押された感覚が奔った。
 通勤や通学ラッシュの時間だったこともあり、初めは誰かが意図せず押したのだろうと少女も思っていたが、二回目の強い衝撃を受けた時には、故意に押していると理解した。だから、背後へと振り返って文句や注意のひとつでもしようと思ったのも自然であった。
 直後、見覚えのある男の顔が一瞬だけ視界に入り、体がふわりと浮いた。
 刹那、全身が熱くなると、歓声とも悲鳴とも取れる叫び声が駅の構内に響いた。
 それからだ。少女の記憶は曖昧になり、自分の名前も過去の出来事も、想い出も、帰るべき場所でさえも失い、全てが欠落してしまった。そんな中でも、時計台で待たなければならない、という想いだけは強く残っていた。それ故に、今も時計台の下で待っている。
 死後、何日も何十日も経過しても少女は待っている。
 けれど、この時の少女は知らなかった。自分に残されている時間が僅かであることを。
 この時の少女は気づくこともできなかった。時間と共に消滅していく事実を。

       ♪ ♪ ♪

 ――半年前の夏。
 七月の夏日の朝。トーストと牛乳という軽い朝食を食べ、高校に行く為の準備をしていた。毎日の日課ともなったメールの着信履歴をチェックし、一件ずつ既読に変更、全てを読み終える頃には時間的にも程よいのだ。
「お母さん、行ってくるね」
「ユキ、今日はお母さんパートで晩くなると思うから、夕飯は先に食べててね?」
 ユキという名前の少女は、母親との朝のやり取りを終えると学生カバンを手に持った。
 自宅から高校までは徒歩で十五分、電車で十五分の合計で三十分ほどの距離、電車の乗り場までには、大きな公園があり、その中心に聳え立つ時計台の下で、いつものようにして彼を待つことにした。
 彼――浅田直樹とユキは、高校進学と同時に交際している。
「今日、直樹君って遅いなぁ」
 携帯電話で確認すると、待ち合わせ時間から十分以上も過ぎている。
 毎日、朝の八時に待ち合わせをしては一緒に登校しているのだが、何故か今日に限っては遅い。このままでは無遅刻・無欠席を続けているユキにとって、皆勤賞が遠退くのは避けて通れない。電話をしようにも電源が入っていないのか、電波の届かないところにいるのかで、反応がない。
「どうしよう……」
 ユキは仕方なく一人で高校へ向かうことにした。
 しかし、思えばこの時に既に異常はあった。ただ、気づけなかったのだ。
 駅の構内。ラッシュの時間帯も相まって、学生や社会人で溢れ返っている。多少の衝突や、肩同士の接触も許容範囲内ではあるが、二度も強く背中を押されたのでは、ユキ自身も苛立ちを覚えるもの。
「さっきから、誰なの!?」
 文句の続けざまに振り返った時、視界に入ったのは――。
「……えっ?」
 体は宙に浮かんだように軽くなり、瞬間的な熱さを感じると、目の前が闇に包まれた。
 夕闇と呼ぶにはひどく暗く、漆黒というには明るい。気づくと線路の脇でユキは立っていた。足下には通過電車によって轢かれたであろう人の体が転がっており、その表情は一部が欠損していた為に判別はできない。
「この人……誰?」
 ユキには、記憶が欠けていた。足下の命だったモノに対しても、何ら関心が湧かない。
 ただ、それでも――。
「……そうだ。時計台で……待たなきゃ……」
 誰かを待つ為に時計台へ。その想いが強く残る。
 自分は誰かを待っている。あの公園で、あの時計台の下で。
 その一方で警察や駅員が現場仕切っている姿を背中で感じつつ、一人の少年が逃げていた。自身が起こしてしまった問題の大きさと、ことの重大さに混乱するように、或いは、捕まるのが怖くなったかのように、現場となった駅の構内からできる限り遠くへ。
 公園は皮肉にも奇蹟ヶ丘公園と呼ばれており、特に時計台は数多くのカップルが誕生した由緒ある場所である。この時計台の下で結ばれた男女は、永遠に幸せでいることができるという言い伝えさえあるほどだった。
「そう……私は、待たなきゃ……。待ってないと、駄目……」
 けれど、誰を待つのか、待てば良いのかが思い出せない。
 確かに自分は誰かを待つ必要がある。決まりごとではないが、心の奥底から湧き出てくるような、その誰かのことを「好き」と思える感情、それが突き動かしている。
 遠い記憶にある誰か、瞼を閉じると浮かんでくる面影。
 きっと、誰よりも愛していて、ずっと離れたくないと思えるほどの人。
 そのユキの想いとは別に、その日の夜。別の公園で少年の遺体が見つかった。手首には何ヵ所にも亘って付けられた深い傷があり、無造作に置かれていたノートには、遺書を連想させるような文言が書かれていた。ユキをその手に掛けてしまった現実と、それに押し潰されそうな自身の葛藤、そして謝罪の言葉。
 それは、とても些細なことが切欠だった。
 ユキが、直樹以外の男子生徒と仲良く、親しげに会話を楽しんでいた、それだけのこと。
 それが一日、二日、三日と立て続けにあると、直樹の中で、ある感情が芽生えてしまう。

 ――殺してしまえば。

 直樹には、ユキの行動が浮気に見えてしまった。
 彼氏という自分だけを見ていれば良いのに、自分だけと親しくしていれば良いのに。
 そうだ。自分だけの彼女にならないのなら、いっそのこと――。
 自分は、俺は悪くない。悪いのは、浮気をしたあいつだ。
 結果、嫉妬心は常軌を逸した事件へと発展した。十六歳と半年という若過ぎる事件は、瞬く間に報道機関を駆けた。新聞の三面記事には、言葉は違っても伝えている内容は同じだった。
『未成年の起こした事件、世間を揺るがす』
『痛ましく、許せない事件の発生原因は』
『加害者と被害者との接点、実は恋人同士だった』
 などと、根掘り葉掘り人権をも無視したかのような内容から、加害者ではなく被害者にスポットライトを当てた内容に至るまで、実に多くのことがマスコミによって暴かれていく。
 ユキは死んだ。十六歳の若さで命を落とした。
 理不尽とも言える理由で、一方的な感情をぶつけられ消えた。
 その消えたことと関係なく、ユキは成仏することもなく、この世界にいた。
 大きな公園である、奇蹟ヶ丘で、その時計台の下で人を待っていた。
 八月という茹だる夏日に、高校は夏季休暇へと入る。
「遅いなぁ……何してるのよ……」
 ユキは自分が既に亡くなっていることを知らず、気づけない。
 ただ、誰かを待つという強い思いが今の彼女を作り出し、突き動かしている。
 時として、朝焼けと夕焼けとでは、その色合いも構成要素も違っている。赤く染まる公園、そこには一人の少女の影だけが映らない。
 そんな状況下で、ユキは思う。
 いつまで待てば来てくれるのか、いつまでここにいれば良いのか。
 胸に手を当ててみても、疲労感が溜まっているはずなのに、心臓の音が感じない。
 息切れも動機も、汗自体が流れ落ちることもない。暑さを感じていないのか、喉を潤したいという欲求もなく、水を飲みたいという気持ちすらなかった。
 空を見ると、濃いオレンジ色のような、赤いリンゴのような、燃える太陽が落ちていく。
 ユキは、どれだけの時間を待っているのか。その疑問ですら虚空へと消えてしまう。想い出たちが、数多くの記憶が断片的でも想い出せれば良いのだろうけれど、誰かを待つ、待たなければいけない、という気持ちだけが前面に出て、他には何もなかった。

 その時だ。

「ごめん、待ったか?」
 不意に声が聴こえた。
「あっ――」
 振り返ってはみたが、その声は自分に向けられたものではなかった。
 カップルと思われる男女は、どうやら待ち合わせをしていたようだ。
 何故だろう、どうしてなのかな。その二人を見て、ユキは悲しくなった。
 死んでから、恐らくは初めて来ない誰かを恋しく思った。
「早く……早く来てよ……」
 瞼を閉じると、おぼろげではあるが、見えたものがあった。
 大切に思っていた人の顔、霧が掛かったかのように表情は分からない。泣いているのか、悔やんでいるのか、笑っているのか、怒っているのか。その喜怒哀楽でさえも遠い。
 それでも……ユキは思う。
「私は、『彼』を待ってるんだ……」
 その日、漸くのことだ。ユキの中で『誰か』が『彼』へと変わった。
 そう、ユキは彼を待っているのだ。名前も分からない彼のことを。
 そうして、陽が完全に落ちて、辺りが闇に包まれる。街灯によって微かな明かりは感じられるが、時計台の下にはユキ以外に誰もいない。
 自ら死んだ『彼』と、彼によって死した『彼女』、二人は決して交わらない。
 永遠に、永久に、言葉を交わすことも、笑い合い、他愛無い会話をすることも、ない。

       ♪ ♪ ♪

 時は過ぎる。ユキは待つ。
 時計台の影に埋もれるようにして、独りぼっちで彼を待つ。
 ここは、この場所は時計台が最もよく栄える公園の中心地だ。
 それは、どこにもなくて、ここにしかないもの。
 それは冬日でも変わらない。公園が真っ白に染まる中でも凛として立つ。
 その時計台と少女との隙間から零れ落ちるのは、少女の『彼』を想う気持ちだけ。
 なんだろう、この気持ち。なんなのだろう、この感情。
 彼のことを考える度に感情が弾けて、恋しく想う度に胸の高鳴りを感じるかのよう。
 これが好きになるということ。これが恋をしているということ。
「私……彼のことが好きなんだ……」
 季節は冬。ユキの体にも少しだけ、ほんの少しの異変が出始める。
 ユキにとって、とても大きな異変だった。
「あれ……? 体が、手が透けてる……?」
 消滅の始まり。
 大好きな気持ちに偽りはなく、消えていく体は真実を語る。
 想いが降っては融ける結晶みたく、融けていく。
 体が消える。想いも消える。
 その時、消えていく体に比例するようにして、想い出すものがあった。
 好きな人のこと、愛おしい彼のこと。
 あの日も待っていた。今も待っている。
 それなのに、私は消えてしまう運命にあるの――?
 時計台から伸びる大きな影に埋もれる一枚の葉が、不意に吹いた風に乗っていく。
 時は過ぎていく。過ぎていくから過去になる。
 それならば、ここで待ち続けたことすらも、もう過去の出来事になるのだろうか。
 彼の、あなたの声が聴きたい。
 話したいことが沢山あるの。伝えていない言葉もあるの。
 ねぇ――どこにいるの。
 ねぇ――教えて。
 私は――ここにいる。

       ♪ ♪ ♪

 張り詰めた空が見える中、ユキは消える運命にあった。
 体の大半が薄く消えて、辛うじて存在を繋ぎ留めているかのようだ。
「私……消えちゃうよぉ……」
 不思議と恐怖感は抱かなかった。ただ、彼に会えないことが苦しく、悲しかった。
 自分はいなくなる。だからこそ、せめて消える前に会いたかった。
 その為には、どうすれば良いのだろう。
 不意に頬に当たる雪の結晶。今まで当たることのなかった白の形。
 とても冷たい。それなのに、ひどく温かい。
 そっか。そうなんだ。
 雪になれば、私と同じ名前を持つ結晶になれば、毎年のように会える。
 そうすれば、きっと気づいてくれる。
 そうなれば、ずっと覚えていてくれる。
 なら、私は舞い落ちる雪になって、彼の為に。
 もう、意識も保っていられない。体も手足も動かない。
 最初で最後のわがまま、初めての願いごと。雪になって、毎年の冬に舞い踊ろう。
 儚く消えてしまっても、虚しく融けるだけでも、私の証を立てられるのなら。
「――直樹君、なお……き、君……」
 心からの言葉を最後に、ユキは消えた。
 静かに、ただただ静かに足下から、指先から消えてなくなった。
 白く光る欠片のように、天高く昇るように、ひとすじの道を作っていなくなった。

       ♪ ♪ ♪

 一人の少女が恋い焦がれるようにして、待ち人を待っていた。
 一人の少年が小さな嫉妬心から、愛する人をその手に掛けてしまった。
 少女は愛する者の手で殺され、少年は絶望感から人生を自ら終わらせた。
 しかし、少女は雪の結晶になることで、ずっと待っていることを証明させた。
 でも、その待ち人は永遠の時間が掛かっても、やっては来ない。
 どれほどの想いを抱いても、沢山の愛おしい気持ちを持っても来ることはない。
 それであっても、少女の想いの白い結晶は、毎年のように降り積もる。
 それが今も待ち続けているという想いの証だから。
 少女は待つ。あの公園にある時計台の下で。
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