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スタジオ『チセ』は、オンライン小説サイトです。
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サイト名
<スタジオ『チセ』>
管理人
<久遠>
ホームページアドレス
http://studiochise.web.fc2.com

月見草

 ぴょーん、ぴょーんと、大地を駆けるウサギさん。
 そんなに急いで一体全体、何処に向かっているのでしょうか?
 ぴょーん、ぴょーんと、空を跳んでいくウサギさん。
 そんなに慌てて一体全体、何処に向かっているのでしょうか?
 それはね、それはね、ボクには、やらないといけないことがあるからなんだ。
 そう、ボクは大切なお友達との約束と、大事な女神様との約束を背負っているんだ。
 だから、休むこともできないの。途中で立ち止まることもできないの。
 ボクは、行くよ。大地を駆けるよ。空を跳ぶよ。
 辛くなんてないさ。苦しくも、痛くもないんだ。哀しみだって――。
 ウサギさん、ウサギさん。
 あなたの目指す先には、何が待っているのでしょうか?
 ウサギさん、ウサギさん。
 あなたの走るその先には、何があるのでしょうか?
 ボクの目指す先には、きっと、お友達が失くした落とし物が落っこちてるんだ。
 ボクの走るその先には、きっと、美しくて綺麗な宝物が待っているんだ。
 ほら――此処に。
♪ ♪ ♪

 月から舞い降りた一羽のウサギのピコは、大地を駆け抜け、何処までも、その四本の足で跳んでいきます。月に住むお友達の失くした落とし物を探す為、月を司る女神様の宝物を探す為、小さな身体ひとつで跳んでいます。
 途中で何度挫けそうになっても、何度も足を止めようと弱気になっても、お友達の落とし物と女神様の宝物を探すまでは諦めない、と自分に言い聞かせながら、何よりも奮い立たせながら、襲われる酷い疲れにも負けずに大地を駆けます。
 この星には、四季があるようで、春に舞い降りてから幾つもの季節をピコは跨ぎました。それは、月にはなかったものです。四季折々を肌で感じることで、誕生と終焉を繰り返します。
 それなのに、この星には草木や草花があるのに、他の動物を見ませんでした。ピコは、それでも走ります。駆けます。跳びます。全てはお友達の落とし物を見つけ出したいから、女神様が言っていた宝物を手に入れたいから。
 そんな日が一年、二年と経ち、故郷が恋しくなる頃、ピコは、どうして跳んでいるのか、大地を駆けているのか、その理由が分からなくなってしまいます。
「ボクは、何で此処にいるんだろう……」
 何故、月ではない場所にいるのだろう。
 お友達と一緒に遊んでいても良かったはずなのに、見付かるか分からない落とし物に、在るか分からない宝物を、何も自分が探さなくても良いはずなのに、使命感からから、最後までやり通したいという決意からか、それとも言い表すことのできない心の奥底に強く宿る覚悟からか。
 ピコは、その日も跳んでいました。自分以外の動物に会わないこと、それを不思議に思いながらも、自分と同じ仲間にもう二年以上も会っていないことに違和感を覚えながらも、特に疑問視することなく駆け抜けます。
「お友達に会いたいなぁ……」
 会って一緒に走り回って、お腹が空いたらお餅を付いて、疲れたら女神様のお話しを子守唄代わりにして眠るんだ。落とし物が何なのか、宝物ってどんなモノなのか、そんなことを忘れて、許の世界に還りたい。此処は、この世界は、ボクのいるべき場所じゃない。だって、ココには自分以外に何もないんだもん。在るのは、気の遠くなりそうな地平線だけ。
 仲間もいない。友達もいない。女神様の声も聴こえない。心配してくれるお友達も、還りを待ってくれる仲間も、今のボクには遠く儚いことなんだ。
 そうだ。きっと、これは夢なんだ。
 永い永い夢を見ているんだ。夢を見ているに違いない。
 じゃあ、そろそろ起きないと、目を覚まさないといけないね。
 誰か、ボクを起こして。誰か、ボクを覚まして。
 誰か、誰か、誰か――。
 ぴょん。
「……あれ? ボクの名前って、何だっけ……」
 跳ぶ足が止まる。身体が動かない。
 月から舞い降りた一羽のウサギさんは、遂には自分の名前を忘れてしまいました。
 あまりの哀しさと淋しさで、それまでの想い出すらも薄れていくようです。
 目的を失くして、名前を忘れて、いつから走っていたのか、そのことも分からない。
 ボクは、誰なの?
 ボクの名前を誰か教えてよ。
「ボクって、誰なの……?」
 ウサギさんは、一度は止めてしまった足を動かせません。
 ガクガク、ブルブル。ブルブル、ガクガク。
 自分が誰なのか分からない不安だけが胸に去来します。 陽が昇って陽が堕ちて、繰り返される朝と夜。過ぎていく時間。
 廻りを見渡すと、青々とした草花が見えます。
 でも、ウサギさんには、それを駆けて楽しむ余裕がないのです。
 ウサギさんの目には、恐ろしく静かな草花としか映りません。
 その時――。
 ガサガサッと、何かの気配を感じ取りました。
「誰か、そこにいるの……?」
 恐れつつ音の鳴る方へ、気配を感じる方へと歩を進めます。
 そこで見付けたのは、酷くひどく弱ってしまった同胞でした。見間違えるはずもない、長い両の耳と、真っ白い毛並みをした身体、何度も泣き明かしたのでしょう、真っ赤になってしまった瞳、それは紛れもなく仲間の姿です。
「……なんて顔をしてるのさ……」
 衰弱しているもう一羽のウサギさんは言いました。
 失くした落とし物も、宝物も、この星にはなかったよ、と。
 何ということでしょう、この星に舞い降りて駆けていたのは、自分だけではなかったのです。
 それは、ずっと、ずっと昔のこと――お月様は、その輝きを失くして、冷たくなってしまいました。沢山のウサギさんが暮らしていた月は、一年、二年、三年と「時」を刻む毎にその形を歪め、月を司る女神様も、新しい星に可能性を導き出すと死に絶えてしまいました。ウサギさんは、失意のどん底に落ち、住処を追われるようにして月を離れます。
 行き着いた先の星に、落とし物や宝物があるかも知れないというのは、唯一の希望でした。女神様が遺した、星を第二の住処として使う思惑も、月を離れる際に失くしてしまった落とし物も、二羽のウサギさんが出会ったことで、ないのと同じであると分かります。
「ごめんね……」
 目の前で弱っている仲間を見て、それまで元気だったウサギさんも現実を突きつけられたように、全身から力が抜けていきます。そんな衰弱して、恐らくは長く保たないウサギさんと、力が抜けてもまだ体力に余裕があるウサギさん、二羽の違いは何なのでしょう。それは、すぐに分かるのでしょう。
「……最後に、仲間に会えて良かったよ……」
 その一言が何を意味するのか、衰弱したウサギさんは死んでしまう。
「そんな……哀しいこと言わないでよ……」
 それから、一時間後のことです。
 衰弱していたウサギさんは、最後に「ありがとう」と言って残し、動かなくなってしまいました。それが初め、「死」だとは理解できず、また、理解できないでいたから、何度も声をかけて、何度も身体を揺すります。
「起きてよ……ボクを置いていかないで……」
 名前を忘れたウサギさんは、その日から毎夜、毎夜と泣き明かしました。死した仲間を抱えつつ、声が嗄れるほどに泣き続けました。赤みがかった瞳は、完全に真っ赤となり、次第に泣き疲れると同じように地面に横たわります。
「もう――足も動かないよ……」
 微動だにすることのない前足と後ろ足、それら四本の足の爪は、幾重もの季節を跨いだことで欠け落ちて、淡雪を連想するような真っ白い毛並みも灰色に薄汚れ、とうとう自分までもが死に逝く側になってしまいました。
 誰にも知られず、気付かれず、残された時間が尽きるのを、仲間だった存在と一緒に待ち焦がれる。――寧ろ、待ち焦がれるというよりは、迫る終焉とこの哀しみからの解放に期待を寄せていると言えるよう。
 そして――また陽が昇り、陽が落ちて、繰り返す一日の始まりと終わり。
 ウサギさんは、許いたお月様で、沢山のお友達と一緒に駆け回る夢に堕ちました。

♪ ♪ ♪

 暗転。名前を忘れてしまったウサギさんは、永く、深い夢を見ていました。
 そこは夢中になれるほどの広い世界で、他の沢山の仲間もお友達も駆け回っています。
「――ピコ」
 不意に誰かの名前を呼ぶ声が聴こえました。
「ピコ……ピコって誰……?」
「キミの名前だよ。ピコは、キミの名前」
 漸く以って、自分が「ピコ」という名前であると思い出しました。
 ピコは、
「どうして、皆がいるの?」
 と、ひとつの疑問を投げました。
 許いた月は失くなって、仲間も友達も皆がいなくなったはずなのに、故郷と同じ懐かしさが満ちている。見覚えのある顔に、見慣れた景色、駆ければ風を感じて、まるで本当の羽根を持つ鳥になったように感じられる。女神様の恩恵も、此処にはあります。
「それは――で、――だからだよ」
「……え? 聴こえない」
「だから――ということなんだ」
 ピコは、仲間の言葉が分かりませんでした。上手く聞き取れないのです。
「さあ――ピコも遊ぼうよっ」
 自由に跳んでも良いのかな。と、ピコは考えます。
 何日も、何ヶ月も、何年も、季節という季節を跨ぎながら跳んできたピコは、落とし物を探したくて、女神様の宝物を見付けたくて、自分の気持ちに嘘を吐いてきました。けれど、この温かくて優しい世界では、それもありません。
「さあ――ピコ」
 悩みに悩み、考えに考え、ピコは一緒に跳んで行くことを決めます。
 意を決して大地を駆け、空を舞った次の瞬間でした。心をギュッと締めるような息苦しさを感じたのです。長い期間を独りぼっちで、誰とも言葉を交わさず、ただただひたすらにゴールを目指していたピコは、生まれて初めて経験するほどの喜びに胸が躍ります。心が弾みます。
 身体は軽く、ふわりふわりと浮いているよう。
 此処には、自分たちを追いかける悪いものも、脅かすものもありません。
「久しぶりだよ。こんなに楽しいの」
 その日から、ピコは、時間を忘れてお友達と遊びました。疲れたら子守唄を聴いて眠り、眠りから覚めたらお餅を付いてご飯にして、ご飯が済んだら皆で和気藹々と楽しんで、また眠る。
 そんな幸せが明日も、明後日も、ずっと続いてきます。
 嬉しいな、楽しいな、この喜びが続いてくれるなら、他には要らない。と思えるほどです。
 ある日のことです。お月様に小さな小さな異変が起こりました。
 それまで感じたことのない弱い揺れが数秒間に亘りあって、それと同じくするように、仲間の一羽が死んでしまうのです。一羽は、前日まで元気に動き回り、走っていた、ピコもよく知る仲間でした。
「どうして――」
 涙を零しつつ、
「どうして、死んじゃったの?」
 ウサギさん全員が仲間の死を悼みました。
 それなのに、哀しみが癒える間もなく、二羽目、三羽目と消えていきました。女神様は、あまりに続けて起こる死に、我が身が裂ける思いです。にも拘らず、ウサギさんは比例するように死んでしまいます。
「あぁ、私の可愛い坊やたち。あぁ、私の愛する子」
 それは、たったひとつの病でした。
 名前のないその病は、次第に月そのものを変えていきます。
 結果、丸くてまあるい月の形は、ウサギさんの減少と共に歪になっていきました。
 そんな中、女神様が言います。
「ある花を探しておくれ。それは月見草と呼ばれ、幻の花――」
 その言葉を聞いて、ピコは思います。
「ボクが――月見草を見付けてくる」
 ピコは月見草を探す旅に出ます。これ以上、仲間を、お友達を失くしたくないから。
 待っていて。月見草を見付けて、病を治すから。
 然し、ピコの努力も虚しく、仲間は絶えていき、女神様も――。
 そこで、命を賭するように最後の力を女神様は使います。
「あぁ、愛しい子。あぁ、許しておくれ……」
 ピコを初めとする生き残っていた数羽のウサギさんは、女神様により別の星へと誘われ、お月様は女神様の死を切欠に失くなりました。
 新しく訪れた星は、緑豊かで、沢山の木々や草花で生い茂っていました。そこは、故郷を連想するには、あまりにも程遠く、それでいて、とても優しい香りが漂っています。その香りは、故郷とは違う香りです。まるで、女神様を感じるほどに。
 此処がどういった場所なのか分からない。けれど、ひとつだけ分かることがある。
 ずっと、ずっと頭の中に反響している、たったひとつの想い。
「月見草を探そう」
 ピコたちは、初めて降り立った星で、右も左も分からぬまま、走り出します。月見草を見付ければ、きっと女神様も迎えに来てくれる。月見草が見付かれば、きっとお月様も、お友達も助かる。そう、思いながら、何処までも遠くを目指します。
 途中、一羽、また一羽と慣れない環境に負けて、その命を終わらせつつも、それ以上に、仲間の死を無駄にしないように、歩みを止めることなく跳んでいきます。それしか、自分に為せることがないから、それだけが自分の全てだから。
 そして、遂にはピコだけが残って、他のお友達は皆がいなくなってしまいます。
 ピコは、死を悼むこと以上の深い哀しみに、
「もう……良いかなぁ」
 と、歩みを止めることにします。
 そこで、深い眠りに就き、夢に堕ちた時――。
 暗転。自然の香りに消えてしまいそうなほどの微かな花の香りがすぐ傍でします。
 夢からの目覚めは、突然のようにやって来ます。それは、ピコも同じです。
「……あれ? ボク……どうして生きてるの……?」
 微かな花の香りで目を覚ましたピコは、僅かな力を使い立ち上がります。
 隣には、もう二度と目覚めることのない仲間の姿だけ。
 花は、仲間を弔うように咲いています。
「もしかして――」
 何故だろう。このお花を見ていると、懐かしい故郷を思い出す。
 何故だろう。このお花は、お月様を写してるように見える。
「もしかして、このお花が月見草……なのかなぁ」
 ピコは、月見草を見たことがありません。けれど、不思議とこのお花は、月見草な気がするのです。
「だけど、一本だけじゃ……足りないよ……」
 嘆いた時、ざわっと風が吹き抜けました。
 その瞬間です。奇跡は起こります。
「……えっ?」
 目の前に広がっていたのは、無数に咲き誇る月見草です。ピコは、その中にいたのです。
 今まで気付かなかっただけで、本当は月見草の中で眠っていたのでしょう。
「わぁ――」
 ピコは、あまりの嬉しさで駆け回ります。
 此処には、沢山の優しい香りがする。多くの数え切れない幸せが散りばめられている。
 でも――。
「ボクだけしかいない」
 そう、他の仲間たち、お友達は、皆が終えてしまったのです。一羽だけ残ってしまったピコは、その哀しい現実に押し潰されそうな気持ちを抑える術を知りません。
 ピコは、泣きます。感情が弾けます。哀しくて、淋しくて、胸の部分が痛くて苦しい。
 ピコは、走ります。大地を駆けていきます。哀しみを誤魔化すように、涙を拭うことも忘れて、月見草のお花畑を走り回ります。
 そこへ――。
「きゅー……」
 と、鳴き声が聴こえます。
「誰か……いるの?」
 ひとつやふたつじゃない鳴き声に、ピコは応えます。
「ボクは、此処にいるよ」
 すると、鳴き声も応えます。
「きゅいー……きゅー……きゅっきゅっ」
「くーん……」
 ピコは、自分の目を疑いました。
 沢山の見たことのない動物たちがいたからです。
「あ……あのっ」
「きゅ?」
「ボクは――ボクの名前はピコ。キミたちの名前は、何ていうの?」
 ピコの問いかけに、動物たちは何も言いません。ただ、鳴いて応えるだけでした。
「あ……言葉が……」
 動物たちは、ピコの話す言葉が分かりません。ピコは察すると、同じく鳴いてみせました。
「きゅいー」「きゅっ」「くーん」「ぐっぐっ」――と。
 それに釣られるように、動物たちも鳴きます。歌っているかのよう。
 その歌を聴いていると、不思議と先ほどまでの哀しい気持ちも和らぐようでした。
 その時、動物たちが森の中へと歩を進めます。付いて来て、と言われてるようです。
 ピコには、それが「一緒に行こうよ」と聴こえました。
 ピコが一歩進むと動物たちも一歩進み、ピコが一歩下がると動物たちも一歩下がります。
「一緒に行っても……良いの?」
 やり取りのあと、ピコは決めます。自分が生きていること、生かされていること。お月様には、もう還れないけれど、失くなったお友達にも会えないけれど、とても哀しくて辛いけれど、このままずっと塞ぎ込んでちゃいけないよね。
 だから――ボクは、行くよ。
 そう言って、ピコは涙を拭うと、動物たちのいる方へと歩き出しました。
 そうして、呼応するように動物たちも歩き出します。ピコを迎え入れた瞬間でした。
 ピコは、後ろを振り返りながらも月見草のお花畑に別れを告げます。
 バイバイ、さよなら。
 沢山の哀しみと別れがあっても、いつまでも、ずっと、ずっと憶えてるから。
 皆が生きていたこと。皆と一緒に大地を駆けたこと。空を跳んだこと。
 忘れないから、ボクのことも憶えていて。
 ボクは――生きたよっ。
♪ ♪ ♪

 耳を澄ませば、確かに動物たちの声が聴こえます。
 その中でも心に響くのは、一羽のウサギさんが奏でる、優しい歌声なのでしょう。
 亡き友達を想うように、いなくなった仲間を慕うように、一羽のウサギさんは歌います。
 その歌は、永い永い「時」の中を語り継がれていきました。まるで、一羽のウサギさんが生きているように、希望に富んだ奇跡が現れます。それは、ひどく小さいものです。それでいて、とても大きなものです。
 お月様から遠く離れた星には、お月様を恋しく見つめる一羽のウサギさんと、無数の月見草が微かな風に揺られています。そして、優しい歌声が響いていました。
 ずっと、ずっと――。
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