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星屑ノクターン

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 星の声が聴こえることに気づいたのは生まれてすぐのことだった。
 その日、母さんは僕を産んですぐに亡くなって、父さんも五年後に亡くなった。それなのに「声」が聴こえていた。
 優しい声、寂しい声、冷たい声、恐ろしい声、そして、切ない声。
 その声は母さんのものでも、父さんのものでもない。――星のものだった。
 最初、どうして自分にだけ声が聴こえるのか疑問だった。でも、怖くはなかった。どんな時にでも傍にいてくれた。哀しい時も、辛い時も、優しい声を聴かせてくれた。切なくなるような話をしてくれることもある。
 僕にとって恐らくは一番初めの友達で、良き理解者でもあった。
 そんなある日、四歳の冬のことだった。それまでとは違う声が聴こえたんだ。
 大変だ。すぐに逃げて。沢山の命が亡くなるよ――。
 それから一ヶ月後、僕の街が大きく揺れた。

Scene 1 あらしのよるに(上)

 それは、星が起こした小さな奇跡だったのかも知れない。
 だって、普通なら起こり得ないことが沢山起こったのだから。
 だから、きっと、それは奇跡だったんだ。

 思い返せば、いつも当時のことが引っかかる。
 震災で沢山のものを失って、数え切れない傷を負った。
 住み慣れた町も、通い慣れた道も、全てを失った。失い過ぎた。
 今、その生まれ育った町は復興しつつあるけれど、心だけは復興の兆しが見えない。
 そうであっても、後ろ向きになっている訳じゃないんだ。
 ただ、少しだけ時間が欲しかった。心を癒す、その時間が――。

       ♪ ♪ ♪

 兵庫県、某所。一九九〇年の八月十五日。
 終戦の日、雷雨の中を産婦人科に僕たち夫婦は緊急で運ばれた。妻は破水も起こして状況は緊迫、少しの油断が命取りになると事前に説明された。
「先生、妻は……子供は……!?」
 切羽詰まった様子で言葉を投げる僕は、
「全力を尽くしますが、もしもの時をお考えください」
 という産婦人科医の言葉に酷く肩を落とした。
 医者のいう「もしもの時」とは、紛れもなく死ぬ時だ。
 医者も万能じゃないし、神様でもない。救える命と救えない命とがどうしてもある。
 僕は「父親」になれるよう祈ると同時に妻と子供が元気な姿を見せてくれることを願ったが、それとは裏腹に分娩室の扉は固く閉じられ、扉の上のランプは赤く灯された。
 時間だけが過ぎるばかりで落ち着かない。自販機で買った缶コーヒーを飲んでみても、逆に感情が高ぶるだけに終わった。分娩室の前を右往左往するように何度も行き来した。
「智子……」
 智子とは、妻の名前である。
 その智子が異常をきたしたのは五時間前のことだった。自宅で無理をしないように安静にしていた時、陣痛とは一線を期す激痛に見舞われた。十月の出産予定日よりも二ヶ月ほど早いその痛みに、智子だけでなく僕も普通じゃないと察した。産婦人科のある病院に連絡を入れ、すぐに救急車を呼んで、いよいよ危険な状況だと理解させられた。
 僕の脳裏に早産や死産という残酷な言葉が過ぎってしまうのも当然のことだった。大袈裟かも知れないが、それほどまでに切羽詰まり、焦りとも取れる感情に支配されていた。確かに未熟児であっても、近年の医療の進歩によって助かる可能性は高くなっているが、そうであっても、死なないという訳ではない。必ず、助からない命もある。
 直後、僕の不安を一瞬にして膨れ上がらすように病院の避雷針に雷が落ち、電源が落ちてしまう。すぐに非常電源に切り替わったようだったが、その衝撃は僕たちの子供から大切なものを奪い、与えることになる。
 程なくして、産声と共に分娩室の固く閉ざされていた扉が開かれた。
「――!?」
 時間は夜も耽る頃、九時三十分。目の前には全力を尽くしてくれた看護師さんが数名と医者が一人。産婆師もいた。
「あ、あの……どうなりましたか!?」
「元気な――男の子ですよ」
「そうか、良かった……」
 新しい生命の誕生に喜ぶ僕とは対照的に医者の表情は暗かった。看護師の態度も余所余所しい。その場は喜びと哀しみの両方が入り混じっているような、同居しているように感じられた。
「どうなされたんですか?」
 僕の問いに、医者は難しい顔で、
「お子さんは無事です。ただ……奥さんの方が……」と、短く切り出した。
 嫌な予感がしたと同時に、胃液が逆流してくるような軽い吐き気も感じた。この感覚は、昔に祖父母を亡くした時に感じたものと同じものだ。当時、高齢だった祖父は病気で亡くなり、祖母は老衰で亡くなった。
「とても申し上げ難いのですが――残念です……」
 信じられない思いで分娩室に入る。そこには、タオルに包まれた自分達の赤ちゃんと出産を終えたばかりの智子が眠っている。
 その姿を見て、何だよ、無事じゃないか。と口にしようとした。
 すると、
「――俊樹さん」
「智子!?」
「赤ちゃんは……私達の、子供は……?」
「ほら、元気な男の子だよ」
「ああ、嬉しい……」
 次の瞬間だ、僕は信じられない言葉を耳にする。
 あまりにも絶望的で衝撃的な言葉。智子は――。
「――子供のこと、お願いします」
「……っ!?」
「わ、たしは……もう、駄目だから……」
「そんな、そんなことない……。今は、疲れてるだけだ……」
 その時、何の前触れもなく、智子から力が抜けた。腕はダラリと落ちて、人形のように動かなくなった。先ほどまでの弱々しい呼吸も、瞼でさえも閉じたまま開かれることがない。生気を感じることがなく、身体も動かない。それはつまり、死した運命に堕ちたということだった。
 医者が瞳孔を確認すると、「残念ですが」と言葉を短く告げた。
 その一言が何を意味するのか、僕はすぐに理解した。
 智子は死んだ。自分達の子供を遺していなくなった。不思議と涙は零れない。
 こんなにも哀しいのに、苦しいのに、酷く胸が痛いのに、心が壊れてしまったのか感情が露にならない。どうして涙が流れないのかと自分に訴えてみても、返ってくる答えは一つもない。――そう、口から出るのは、慰めを待つ言葉だけ。
 その母親の死を理解できるはずもない生まれたばかりの愛する我が子は、泣けない自分の代わりに泣いていた。永遠とも取れる時間を、永久に続くと思わされる悲愴の輪廻を、その一身に受けながら、ただただ涙を流している。
 そのあと、智子が死んでから、お葬式や告別式とかで、忙しい日々を送った。死別ということで身内に同情や憐れみを受けたりもした。中には、幼い子供と二人だけで生活ができるのかと心配する声もあった。
 あまりに忙しいから、哀しみに至る時間ですらなかった。でも、それで良いと思っていた。哀しんで、時の歩みを止めてしまうよりは、前に進めそうな気がしたから。
 子供の名前は、智子と決めていた通り、生まれ月の呼び名にした。
 葉月――八月の名前。
 僕はその日、少しだけ歩けるようになった葉月を連れて、智子のお墓参りに来ていた。
「――智子、あれから一年ぐらいだよな」
 智子の眠る墓前で、両手を合わせた。
 この一年で、本当に色々なことがあったよ。  一年程度では劇的な変化なんてあり得ないと普通なら言われるけれど、本当なんだ。
 智子のいなくなったあと、仕事を変えて、育児と両立できるようにしたんだ。あれだけ下手だった料理も、失敗を繰り返すことで上手くなった。そりゃあ、朋子の作る料理に比べればまだまだな面があるけれど、食べられないほどに不味くはない。煮込み料理が多いのが傷だけどな。葉月も自力で歩けるようになって、離乳食も沢山食べてくれる。
「……ただ、葉月は……」
 葉月は、少しだけ、他の子供と違ってる。  智子を失くした日以来、滅多なことでは泣いたりしないんだ。確かに雷雨の時や台風シーズンなんかは困ったような、泣き出しそうな複雑な表情をするけど、それ以外では泣かない。泣いたところを見たことがない。そんなこともあって、泣く時は決まって天気が悪くなる時だ。
 いつも窓ガラスの向こうを見つめて、何かと会話をするように口を動かしている。それは何も家にいる時だけじゃない。公園に遊びに連れて行ったりした時も、他の子供と遊ばずに、寧ろ、それと距離を置くようにして遊んでいる。まるで、自然と戯れることが、自然そのものが遊び相手のような、そう思わされる。
 別にそのことで困ることはないし、葉月自身も不自由はしていないと思う。けれど、過保護かも知れないが、先のことを考えると、このままじゃ駄目だよな、とも思う。友達を作らず一人遊びばかりでは、何れ自分の殻に篭もってしまうと思うし、集団生活だって不慣れになってしまう可能性もある。
「今だって――」
 僕の隣で葉月が黙ったままジッと空を見つめている。  八月十五日、その夏は例年よりも暑くなると気象予報でやっていた。
「なあ、葉月……?」
 その呼びかけに反応を示すように視線を僕に移した。
「葉月は、いつも何を見てるんだい?」
「そ、ら……」
 葉月は、答えるように空を指差した。
 それまで晴れ模様だった空は、一転して雲行きが怪しくなっていく。入道雲――積乱雲と呼ばれる大きな雲が、少しずつではあるが、徐々に大きく広がっていくのが分かる。恐らく、あと数十分ほどで大雨になるかも知れない。
「こいつは、雷雨になるかもなぁ……」
 僕は帰り支度を整えると、葉月を乳母車に乗せた。
「……あれ?」
 今、葉月が教えてくれたのか?
「葉月――? いや、まさかな」
 こんな一歳の子供が超能力染みたことをする訳がない。超能力を否定するつもりはないけれど、まさか自分の子供に限ってそれがあるとは考え難い。自分だって、極々平凡な人間なのだから。
 そうして、二年が経ち、三年、四年と流れた。
 心にできた隙間は、未だに埋めることができないけれど、葉月と一緒だから大丈夫。
 葉月は、やっと言葉らしい言葉を話せるようになって、意思疎通もできるようになった。
 毎日、成長していく姿を見ていると、自分のことのように嬉しくなる。智子がいないのが悔まれるけれど、きっとこのどこまでも広がる青い空で見守っているよな。精一杯の優しさと、切ないぐらいの愛しさで、溢れんばかり情を注ぐようにして。
 しかし、この頃からだった。葉月が意味の分からないことを何度も口にするようになったのは。
 何度となく地面に対してだったり、空に対してだったり、謝ったりしている。ごめんね、ごめんなさい。――どうすれば良いの、と訪ねることだって。
「葉月、何をしてるんだ?」
「お父さん……」
「どうしたんだい?」
「お星様がね、怒ってるの」
「お子様って、何のお星様の?」
「お星様は、お星様だよ……」
 言って、とても哀しそうに地面を指差した。どうやら、お星様とは、この地球のことを言うらしい。
「お星様が怒ってるの。でもね、凄く泣いてるの……」
「怒ってるのに、泣いてるのかい?」
「……うん」
 葉月は、それからもおかしなことばかりを口にする。
 誰もいない部屋の中で、まるで、そこに誰かいるように会話をしている。挙句、そのことで葉月自身が哀しんだり、微笑んだり、怒ったり、許したり。それを見て最初、幽霊の類か、感受性の豊かな子供だろうと思っていたが、どうも違うようだ。
 それは、最寄りの公園で遊んでいた時のことだ。
「――駄目だよ!」と突拍子もなく、葉月が同年代の子供を突き飛ばした。
「な、何をしてるんだ!?」
「だって、その子がお星様を虐めるから……」
「お星様って、この地球を?」
「うん」と頷くように首を縦に振った。
 そのあとで、葉月は泣き出しそうな顔で、
「その子が虐めるから、ぼく……許せない……」と訴えた。
「ゴミを捨てたら、お星様が傷つくんだよ!? だから、ちゃんと綺麗にしないと駄目なんだよ」
 要約すると、同年代の男の子がゴミをゴミ箱に捨てなかったから、怒ってるようだ。
 マナーや躾の問題かも知れないが、だからと言って突き飛ばすのは駄目だ。
「でもね、葉月。突き飛ばしたら駄目だろう?」
「だって、だって……」
「葉月の気持ちは分かるけど、謝ろうか?」
「……ごめんなさい」
 その日からだ。葉月は、何かことある毎に星を、この地球を擁護するようになった。
 ゴミを散らかせば怒り、自然を汚せば率先して謝ったり。
 その行為が分からないままに、その事件は起こった。
 葉月にとって四年目の冬、十二月も終盤に差しかかった頃。
 保育所から仕事場に一本の電話があった。
『あ、葉月君のお父さんですか!?』
「そうですけど、何かありましたでしょうか?」
『葉月君が、葉月君の様子が変なんです!』
 急いで保育所に向かった。
 そこで、葉月が身体を小刻みに震わせながら、何度も「ごめんなさい」と叫んでいる。
「お星様、ごめんなさい。ごめんなさい……っ」
「葉月、何があったんだ!?」
 葉月は、尋常じゃない量の汗を流していた。
 だが、熱がある訳でも、身体がどこか悪い訳でもない。
「お星様が怒ってるの。凄く、すごく怒ってるの」
「地球が怒ってる……?」
「うん。それでね、とても泣いてるの」
「どうして、怒ってて、泣いてるんだい?」
「お星様、言ってる。ぼくたちが悪いことしたから、怒ってる」
「どういうことだ?」
「でも、沢山の命を奪うことに哀しんでる」
 葉月の言うことが理解できなかった。
「お父さん……怖い、怖いよぉ……」
 俊樹は、ただただ葉月を抱き寄せることしかできない。葉月の怖がる理由も、恐れている理由も、全てが分からない。
 そして十二月もクリスマスになったが、それでも葉月の様子は変わらなかった。毎日のようにお星様と称される地球に謝ったり、祈ったり、願ったり。それに比例するように、酷く傷つき、大きく哀しんだ。
「葉月、お前は何を見てるんだ?」
「お星様を見てるの」
「お星様って、なら、どうして謝ったりしてるんだ?」
「お星様が怒ってるから、謝ってるの。許してって」
「お星様って、地球のことだよな?」
「そうだよ。お星様は、お星様だよっ」
 そう言って、次の質問をするよりも前に、葉月は哀しんだ。
「お星様は、哀しいことをすることにごめんねって。汚したことに許さないって」
 やっぱり、葉月は変わってる。普通じゃない。
 親が子供を「普通じゃない」と見るのは間違っているが、普通ならこんな行動は見せないはずだ。星に謝ったり、怖い思いをしたかのように震えたり。葉月の取る行動の一つひとつに意味や理由があるのなら、その意味と理由は何なのだろう。
 なあ、智子。君がいたら、どう葉月に接してやったんだ? 精一杯の優しさで抱き寄せるのか、大丈夫だと愛しい想いで包み込むのか。それとも、一緒になって思い、考えるのか。父親としてできることが何なのか、それが分からなくても、せめて傍にいてやることが一番なのか。
 それからのち、一月の十七日。午前五時三十分を過ぎた頃。怖い思いをしたように葉月は飛び起きると、一心不乱に僕を呼んだ。
「何だ、どうしたんだ!?」
「ここは、怖い。離れないと駄目!」
「離れるって、何を言って……」
「ごめんなさい。お星様、ごめんなさい……!」
「何がどうしたんだ、葉月!?」
「ごめん、なさ――い」
 時計の針が五時四十六分を過ぎて間もない時だった。
 瞬間、それまでに感じたことのない地響きと大きな揺れを感じた。
「なっ……地震か!?」
 その時、僕は初めて理解できた。葉月がどうして謝っていたのか。どうして祈っていたのかを。
 葉月は、お星様と、この地球と会話ができる。だから、地震が来るのだって知っていた。気づいていた。
 数分にも亘る長い揺れの結果、家屋は倒壊の一途を辿り、一面を瓦礫に変えた。
 僕と葉月の暮らしていたマンションも例外ではなかった。当時、関西地方は地盤が固いことから、地震が来ても大丈夫だとする意見が多かった。その為、家屋も多くの建造物も、耐震設備が行き届いていなかったのだ。
「……は、づき……無事か……?」
 葉月は軽傷を負っているものの、無事なようだった。が、僕の身体の大部分は押し潰されていた。意識があるだけでも奇跡だった。
「お、父さん……」
「良かった……無事、みたいだな……」
 身体を動かそうとすると激痛が奔った。指一本ですら動かせそうにない。そっか、もうすぐ僕は死ぬのか、と思うのも必然だった。
 息苦しくて、呼吸も荒々しくて、意識を保っていられるのも僅か。
「な、なあ……葉月……」
 僕は、終の言葉を紡ぐかのように言葉を投げた。
 一言ずつを確かめるように、残された時間を惜しむかのように。
「良いかい……葉月。お前は、きっと特別なんだ……お父さんは、そう思う……」
「お父さん……?」
「そのことで、沢山傷つくかも知れない……。でもね、これだけは、憶えておきなさい……」
 言って、精一杯の優しさで微笑んだ。
「お星様を……恨んじゃいけない……。お星様は……お前の――」
 言いかけたところで、俊樹は力尽きてしまった。
「ゲホッ……ゴホッゴホッ……」
 ああ、ちくしょう。もっと伝えたいことがあったのに。悔しいな。沢山のことを話したかったのに、これ以上は身体が言うことを聞いてくれそうにない。
「お父さん、お父さん……っ」
 すぐ傍で葉月が呼んでいる。
 せめて、あと一言で良いから伝えたい。
 大切な言葉を、大事な言の葉を。愛する我が子に。
「葉月……お父さんは、お前のことを……愛してる……」
 お前のことが好きだ。愛している。それを忘れないでいて欲しい。
 最後の、終わってしまう記憶だとしても、どうか、憶えていて欲しい。
「だから、これは……約束だ……」
 泣きじゃくる葉月の頭を優しく撫でた。
「……お母さんのこと、ごめんな……」
 お母さんとの想い出を作ってやれなくてすまなかった。お前を遺してお父さんも逝くこと謝っても許されないけれど、この地球と共に生きているから。姿は見えなくても見守っているから。辛いことや哀しいことがあった時には、想い出して欲しい。
「愛してる……愛してるから……葉月は、何があっても生きることから目を背けちゃいけない……。お父さんも、お母さんも……いつまでも一緒だから……傍に、いるから……っ」
 その言葉を最後に言は切れた。それ以上、声を出すことも言葉を投げることもなかった。
 身体を揺すっても、ピクリとも動かない。葉月には初め、それが父親の死だとは理解できなかった。
 だから、声が嗄れるまで泣いた。涙した。何時間も、何日も。
 やがて、身体は冷たくなって、氷のようになった。
 夜が明け、被害の全容が解明されると無数の家屋やビル、高速道路が轟音と共に脆くも崩れ去っているのが分かった。至るところで火災も発生しており、高層住宅も倒壊、自動車に至っては潰れており、人々でさえも死ぬか、生き埋めになるかの選択肢しかなかった。
 この時、木造住宅などは百以上も崩れ、原形を留めておらず、避難所も大火事になるのが必然だったそうだ。線路も歪み、道路も亀裂が入るなど、走れるレベルではなかった。交通機関は全て麻痺してしまい、救助を必要としている人へも手が届かない。
 この世の地獄を再現したかのようなものであり、どれだけの悲鳴や叫びが聴こえても、誰にもどうすることができない。消防車や救急車のサイレンは甲高く、死者数は数千人、行方不明者や負傷者を合わせると一万を超えるとも言われた。
 地震が発生して数日後、瓦礫の中から衰弱しきった葉月は救出された。
 地震は、のちに阪神・淡路大震災と呼ばれ、死傷者を何千人と出したと発表された。
 行方不明者や避難民を合わせると、膨大な数になる。
 葉月は、震災孤児として二ヶ月から三ヶ月過ごしたが、親戚が東北地方にいると分かると、そこに移住が決まった。
 両親の遺品でさえも震災で失くした葉月は、その身体一つで生まれ育った町を離れた。
 親戚の家での新しい生活は、貧しいものでも幸せだった。負ってしまった傷を覆い隠してしまえるほどに温かかった。そんな親戚の海神一家、幸太郎と恵夫妻は、子宝に恵まれず、二人きりの生活を送っていた。その為、葉月を我が子のように迎え入れた。
 そのあと、六歳の誕生日を迎えてすぐに妹が産まれると、養子として正式な家族になった。
 海神葉月、それが今の彼の名前である。
 七歳の小学校への進学を機に、葉月は、地球と会話ができることを自分の中だけのことにした。誰にもその事実を告げないで、誰にもその真実を伝えなかった。別に地球を嫌いになった訳じゃない。ただ、あまりに多くのことを失いすぎたから、少しだけ休みたかったのだ。
 地球の声は、あれからも聴こえる。お父さんを失くしてから、地球の声はより強く、より大きくなった。
『ごめんなさい。大切な人を奪ってしまって』
 とか、
『許したくなかった。傷つけたから』
 とか、優しい言葉に恐ろしい言葉が聴こえる。
 その度に、大丈夫だよ、恨んでないから、と答えている。
 地球が想うこと、感じること、訴えること、話すこと、それらに罪はないのだから。災害を招くのも、沢山の命が終えてしまうのも、仕方ないことなんだ。自分達のような人間が多くのことを求めるように、地球だって同じことを求める。自分達だけが特別じゃない。
 この声が聴こえる力は、きっと神様が与えてくれた奇跡に富んだものなのだろう。
 朝。庭先で葉月は春の風を感じていた。その心地良い風に優しい感触、地球の声が歌のように聴こえる。風が抜ける音も、潮騒の音も、全てが歌っているようだ。
 お母さんとの想い出はないし、お父さんとの想い出も、そんなに多くない。それでも、地球の声を聴いていると、とても優しい気持ちになれるんだ。
 けれど、僕は知らなかった。大切な第二の家族でさえも、失われることになることを。
Scene 2へ続きます
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